2016年10月17日月曜日

第48回 【1989 時代は角を曲がるか③】

学生たちが、実際にどのような事件、事実をゼミで取り上げたかを見てみることにしましょう。

ちなみに、1989年は、彼らが生まれた年です。考えてみると、生まれた年に起きたこと、というのは、私自身のこととして考えてみると、昔々の出来事以外の何ものでもありません。今の大学生の中に、ソ連や冷戦を知らない者がいるのも仕方のないことなのかもしれません。

ゼミ生たちは、「1月」に以下のようなものを取り上げました。
「ポケットにファミコン(ゲームボーイの登場)」「南北朝鮮 軍事協議は分断後初」「ゴルフ場建設ラッシュ」「国際事件簿 殴られた婦人警官」「化学兵器 ソ連が廃棄表明」「ブッシュ大統領就任」
1月には、昭和天皇の崩御という大ニュースがありましたが、これは取り上げないという約束で報告をしました。
ゼミ生たちの中には、犯罪マニアっぽいのがいたり、経済に関心の傾く者がいたり、少しズラして受けを狙い続ける者がいたりで、なかなか多様なトピックが毎回取り上げられました。

1月」に私が取り上げた記事は以下のようなものでした。1年を通じて考えてほしいテーマとしてゼミ生に提出しました。
2つの小さな記事を並べて報告をしました。ひとつは、朝日新聞の110日夕刊の記事で、アメリカのシュルツ国務長官が「冷戦は終わった」と発言したというものです。そして、もうひとつは、朝日新聞の123日夕刊の記事で、ブッシュ新政権のスコウクロフト国家安全保障担当補佐官が「冷戦は終わっていない」と発言したというものです。
19891月は、ゼミ生の一人が取り上げていますが、20日でレーガン大統領が退任し、副大統領だったブッシュ(父)が大統領に就任した月です。退任間近の国務長官が「冷戦は終わった」と発言し、就任直後の大統領補佐官がこうした楽観的な見方を退けたということになります。

ここに、冷戦の特色が如実に表れていると言えます。つまり、冷戦がいつ始まり、いつ終わったのかは、実は、はっきりとしないのです。それは、冷戦とは何か、がきちんとした形で定義されていないからです。『ウェストファリアは終わらない』で詳しく論じましたが、冷戦は定義によって、その始まりも終わりも変化してしまうのです。そのような中で、「1989年」は時代の転換の象徴的な年となりうるでしょうか。そもそも、冷戦とは何か。冷戦とは「戦争」なのか。いつ始まり、いつ終わったのか。「冷戦」とは、固有名詞なのか、それとも、普通名詞なのか。答えのないいくつもの疑問をゼミ生にぶつけて、今後こうした疑問を常に意識するように話しました。

ゼミ生たちは、「2月」に以下のようなものを取り上げました。
「いたずら電話 なくす決め手はなぜないのか」「スーダン内戦 和平模索する米」「中国の人口 今世紀末、13億突破か」「男性は中東 女性は日本へ」「『ひどすぎる』母親絶句 人骨入り段ボール箱」「夫婦別姓認めよう」
1989年という年は、今から振り返ると、色々なことのあった年でした。もちろん、この年のゼミのようにして振り返れば、どの年も色々あったのだと思いますが。1989年は、日本はバブル真っ盛りの年でした。4人目のゼミ生の取り上げた記事は、フィリピンの出稼ぎ事情の話ですが、確かに、女性ではフィリピン人が、男性ではイラン人が日本にたくさん来ていたと記憶しています。「1月」にあった「ゴルフ場建設ラッシュ」もバブルの一側面です。

冷戦が終わったかどうかという議論は脇に置くとしても、米ソの対立が緩み、また、共産諸国や途上国に対するソ連の影響力が弱体化したことは間違いのないことでした。冷戦という体制は、国際政治の様々な問題を冷凍保存したようなものだったと振り返って思いますが、冷戦が緩むにつれて、冷凍保存したはずの多様な問題が解凍され動き出しました。2人目のゼミ生が取り上げたスーダンの内戦などは、解凍された問題が動き出したひとつの例であると言えます。これ以後、数十年ぶりに動き出した諸問題に世界は翻弄され、今に至っているのです。

1989年は、日本の犯罪においても印象的な年でした。5人目のゼミ生が取り上げた事件は、有名な「宮崎勤事件」です。今後も、今でも記憶に残る事件が取り上げられます。
2月」に私は、「ポーランド 円卓会議始まる」を取り上げました。


冷戦の終わりが仮に1989年だったとして、ファーガソン流に考えて、その「終わりの始まり」がいつだったかと言えば、1980年のポーランドにおける自主労組「連帯」の結成であったと言うことができるかもしれません。「連帯」は約十年間の苦闘の末に、この円卓会議にたどり着き、6月には自由選挙が行われ、この年のうちにすべての東欧諸国が共産主義を廃し、自由化が達成されるのです。ポーランドは間違いなく新しい時代(これが新しい時代だったとして!)の先駆けとなったのです。

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