2017年10月30日月曜日

第73回【彼らはなぜ核兵器を持つか⑬】

これまで、自他共に核兵器の保有を認める諸国を取り上げてきました。

この他に、核兵器の保有が疑われる国がいくつかあります。疑われるといっても、それが確実視されているイスラエルから、核兵器開発の情報が都市伝説的に現れて、まもなく消えて行ったミャンマーのような存在もあります。

そんな中で、南アフリカはかなり特別な存在です。いったん保有した核兵器を廃棄した唯一の国家です。とはいえ、南アフリカの核兵器の保有は、南アフリカ政府が廃棄を公表するまで誰も気が付きませんでした。核実験は行わず、製造・保有・廃棄を秘密裏に行ったというのです。保有核弾頭数は6個、運搬手段は戦闘機であったとされています。南アフリカを取り上げたゼミ生は2人でしたが、南アフリカが誰にも気付かれることなく廃棄までを行ったため、情報が少なく、かなり苦労した様子でした。

南アフリカは、1991年に核兵器の廃棄を完了し、核の国際的管理のための条約であるNPT(核拡散防止条約)に加盟しました。それにしても、南アフリカはなぜ核兵器を持ったのでしょうか。そして、なぜそれを廃棄したのでしょうか。2人のゼミ生の考察をご紹介致します。

南アフリカが核兵器を持った理由としては、ゼミ生は4つの可能性をあげています。第1に、アンゴラの内戦向けという説があります。アンゴラの内戦では、ソ連の援助を受けたキューバ兵がこれに参戦していました。しかし、アンゴラを始めとする近隣諸国への核兵器の威嚇や使用は、逆効果でしょうし、敵の脅威がゲリラであるような場合にはますますそうです。第2に、その背後にいるソ連向けということも考えられるわけですが、わずか6個の核兵器ではまったく無意味であることは言うまでもありません。第3に、対黒人向けの兵器とする説があるわけですが、そうなると、自国の領域での核の使用となるわけで、あまりにも愚かな選択肢ということになります。南アフリカが核兵器を持つ理由はなかなか明確にならないのですが、第4の説は、核兵器という武器の性質を考える上でも興味深いものです。

すなわち、核兵器を威嚇に用いたり、実際に使用する意図は最初からなくて、もっぱら交渉の道具として使うつもりだったという「廃棄前提説」です。アパルトヘイト政策のために南アフリカは、国際的に孤立していました。この孤立を打破することが南アフリカ政府の最大の課題だったわけですが、アパルトヘイトを廃止することなしには孤立を解消することは困難でした。とはいえ、南アフリカ政府としては、アパルトヘイトを廃止することもまた困難で、そのために、核兵器を利用することを考えたのです。核兵器を廃棄することで、国際社会から譲歩を引き出し、孤立状態からの脱却を考えたというわけです。

秘密裏に獲得した核兵器の廃棄を条件として国際的孤立の突破を図ろうとしたという説ですが、正直言いまして、俄かには信じられません。ただ、こうした説が出てくるくらいに、南アフリカの核兵器獲得の意図は謎なのです。そして、獲得だけでなく、核兵器の廃棄の理由も明らかにはされていません。廃棄の理由については、2人のゼミ生は揃って同じ結論に達しています。冷戦が終了し、90年代に入ると、マンデラの釈放が検討され、アパルトヘイトは廃止が決まりました。アパルトヘイト廃止後の民主的な選挙においては、黒人勢力が政治権力を握ることは確実でした。そんな中で、核兵器の獲得と廃棄の発表がなされたのですが、白人の南アフリカ政府は、黒人の手に核兵器を渡したくなかったのだと2人は論じます。

南アフリカの核兵器獲得と廃棄の真偽は定かではありませんが、こうしたことからも、核兵器が実際に使用される武器としてよりは、政治的な存在として利用され得る兵器であることが実感できます。南アフリカの核兵器が、実際の使用ではなく取引の材料として、廃棄を前提として製造され保有されていたとすれば、その典型的な例であったと考えられます。北朝鮮の場合は果たしてどうでしょうか。

今回は、ミャンマーやイスラエルも取り上げるつもりでしたが、それらは次回に。

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2017年10月15日日曜日

第72回【彼らはなぜ核兵器を持つか⑫】

国連の安全保障理事会の常任理事国のすべての国が核兵器を保有しています。すでにアメリカ、ロシア、中国を取り上げましたが、フランスとイギリスはなぜ核兵器を保有しているのでしょうか。フランス、イギリスともに2人のゼミ生がこれをテーマとしました。

イギリスは、第2次大戦中のアメリカの核兵器開発に参加していました。しかし、イギリス自体が核兵器を保有することについては、戦後、アメリカの援助を得られませんでした。2人のゼミ生の一致した意見は、イギリスに核兵器を開発し保有させた最大の動機は「大国意識」であるということでした。

イギリスは、戦後、多くの植民地を失い、戦争による疲弊もかなりのものでした。戦後の苦しい財政状況の中で核兵器開発を行った背景には、それに対する強い意志が存在したことは間違いないのですが、その強い意志はどこに由来するのでしょうか。それこそが「大国の意地とプライド」だとゼミ生は論じます。失った広大な植民地に代わる何かを核兵器に見ていたのかもしれません。

イギリスは、核兵器をすべて潜水艦に載せて運用していますが、NATOにおけるアメリカの核兵器の存在を考えると、ソ連・ロシアへの核抑止において、どれほどの意味を持っているかと言えば、ほとんど影響力がないものと考えられます。アメリカの核の傘に対して、後ほど論じるフランスほどに不信感があるかと言えば、必ずしもそうではなく、そもそもイギリスの核兵器の運用自体がアメリカと不可分に結びついているのが実体です。

さらに、冷戦が終結し、ソ連が消滅しロシアが誕生しても、そして、ロシアがアメリカとともに核兵器の削減を行った場合にも、これらの外的事実の変化はイギリスの核保有に影響を及ぼしたようには見えません。ひとりのゼミ生は、ここから、イギリスの核兵器の保有の理由は、むしろ、国内要因によるのではないかと論じています。しかも、核戦略といったものも必ずしも明確でなく、ただ持っているだけに見えるとも論じています。

それでもなお、イギリスが核兵器を保有するのは、核兵器が「大国意識」を支えるものであり、自国を大国であると見せる手段であり、大国である(あるいは、あった)プライドを満たすためであると論じています。

なかなか厳しい見方であると思いますが、確かに、イギリスが核兵器を保有する積極的な理由は、対外関係からは見出せません。しかも、米ロの核バランスにイギリスの核戦力が影響を及ぼす可能性はまったくありません。そのように考えると、イギリスの核兵器は、実は、内向きなのだという説には説得力があります。イギリスの首相は、就任時に、自国が核攻撃を受けた場合の対処の選択肢を示され、軍にそれを命じるのが最初の仕事なのですが、それは、自国が大国であることを首相自らに刷り込むための儀式なのかもしれません。

大国意識と言えば、それが世界でももっとも強烈であるのがフランスかもしれません。フランスを取り上げた2人のゼミ生は、揃ってフランスの大国意識を指摘しています。

フランスが核兵器を独自に開発し獲得した過程においてもっとも影響が大きかったのは、アメリカに対する不信であったと思います。ドゴール大統領は、米英の核独占を批判し、核開発に進みますが、その背景には、フランスがソ連から核攻撃を受けた場合にアメリカがフランスのために報復をしてくれるとは信じられないという対米不信が存在しています。フランスは、1960年に最初の核実験を行いますが、66年にはNATOを脱退しています。

日本やNATO諸国は、アメリカの核の傘が機能すると信じて、あるいは、信じた振りをして核兵器の保有を思い止まっているのですが、フランスは、自国の大国意識と相俟って、アメリカの核の傘を信じることはしません。つまり、フランスは、アメリカの核の傘に入ることを潔しとしないのです。なぜならば、フランスは、自己意識としてアメリカと同じ大国なのであり、大国ならば、自国の政策の選択肢を最大限に広くするために核兵器を持つべきだからです。「偉大なるフランス」というドゴール主義は、単なるスローガンではなく、フランスのあらゆる政策を導く物差しなのです。


次回、南アフリカ、ミャンマー、イスラエルを取り上げたゼミ生の論文をご紹介します。

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