2019年5月30日木曜日

第110回【紛争のルーツ――植民地主義②】

2014年度のテーマ「紛争のルーツ――植民地主義」は、時代・地域など広大な背景を含んだテーマで、私としてはどこかにテーマを絞りたいと思ったのですが、学生の関心を中心に据えて考えてみると、そうもいかないというのが実際でした。

ゼミ生はテーマに惹かれてゼミを選択してやって来るのですが、テーマの間口が広ければ広いほど多様な関心を持ったゼミ生が集まります。何年か前には、ゼミに入ってから「柴田ゼミならアフリカの勉強ができると思った」と告白したゼミ生がいました。研究領域として私はアフリカとは無縁ですが、その学生は2年続けて私の設定したテーマの中でアフリカをテーマとして取り上げてゼミ論を執筆しました。学生たちの間でどのような「噂」が飛び交っているか分かりませんが、柴田ゼミが相当に自由なことは確かでした。

というわけで、2014年度に集まったゼミ生の関心もかなり拡散気味で、私はそれを無理に絞ることを結局はしませんでした。その結果、実に多様なゼミ論が提出されることとなりました。以下、ゼミ生の論文をご紹介致します。

21世紀に入って、「紛争、テロ、植民地時代の歴史」というキーワードから連想する地域は、まず第1に中東であると思います。2014年度は、3年生・4年生を合わせて14名がゼミに所属していましたが、中東をテーマとしたゼミ生はわずかに2人でした。私は、実は、半分くらいのゼミ生が中東をテーマとして様々な地域、時代を掘り下げてくれるのではないかと期待していました。学生の関心というのは読めないものです。

2人のうちのひとりは、紛争が現在進行中のシリアを取り上げ、現在のシリアの紛争を第1次大戦後の体制の継続として論じました。イスラム国(IS、あるいは、ISIS)は、第1次大戦中に結ばれた「サイクス・ピコ協定」の撤廃を繰り返し求めていますが、このゼミ生は、第1次大戦中の「フサイン・マクマホン書簡」と「サイクス・ピコ協定」から「バルフォア宣言」に至るまでのイギリスとフランスの外交的失敗よりは、大戦後のこの地域のフランスによる委任統治にこそ現在の紛争の淵源があると論じています。

これらの一連の協定・宣言は、第1次大戦でドイツと組んだオスマントルコをいわば内部から攻撃するためのイギリスの苦しい努力の結果で、アラブ人には、戦後の独立を約束し(フサイン・マクマホン書簡)、英仏の間では、戦後のこの地域の分割を決め(サイクス・ピコ協定)、さらに、ユダヤ人にはパレスチナにおける独立国家の樹立を支持する(バルフォア宣言)というものでした。このイギリス外交は、現在に至るまで二枚舌、三枚舌と批判されるものです。

シリアはサイクス・ピコ協定においてフランスの勢力圏として位置づけられ、実際に戦後、フランスの委任統治下に入ることとなりました。フランスの委任統治は、イギリスの植民地統治がそうであったように、植民地における民族や宗教の分裂や対立を利用したものでした。シリアにおいては、イスラム教の宗派であるスンニ派とアラウィ―派を対立させそれを煽り、それを利用して統治を行いました。この時以来醸成された宗派対立が現在のシリア内戦に直接繋がっているわけで、このゼミ生は「シリアは今も第1次大戦を戦っている」と表現しています。

この紛争の解決は簡単にはいかないわけですが、オスマン帝国時代の「ミレット」と呼ばれる自治制度がヒントになるとゼミ生は指摘します。オスマン帝国時代には、各民族、各宗派が相互に相手の存在を認め、平和に共存していたと言われますが、第1次大戦終結から100年を経て、そのような過去のアイディアが果たしてどのように実現可能であるのか、難しい問題と言わざるを得ません。

もう一人のゼミ生は、ストレートに「イスラム国とは何か」をテーマとして取り上げました。イスラム国が最終目的とするサイクス・ピコ体制の破壊、すなわち、イギリスとフランスによってイスラム世界に勝手に引かれた国境線を廃し、一つのイスラム国家に統合しようというアイディアは、多くのイスラム教徒に訴えかけるものがあります。しかし、イスラム国の現に行使している手段は到底受け入れられるものではないとゼミ生は論じます。

私は思うのですが、国民国家とは捉え難いものではありますが、その持つ求心力には侮りがたいものがあります。それがいかに不完全なものであるとしても、国民国家として半世紀以上を過ごしたイスラム諸国は、「ひとつのイスラム」という大義に魅せられ続けながらも、国民国家を脱して、統合の道を歩むことができるかと言えば、私は徹底的に悲観的にならざるを得ません。


現在、ヨーロッパにおいてEUは揺らいでいますが、イスラム諸国は、ヨーロッパ諸国が持つ大義以上に大きな大義こそあれ、そのEUにもまったく及ばない分裂の状態で漂っています。オスマン帝国のミレットもそうですが、私には、過去にはヒントこそあれ、答えはないように思えます。『ウェストファリアは終わらない』でも論じましたが、主権国民国家諸国の平和共存を模索する以外に方策はないのではないかと思いますが、確かに、それは簡単なことではないのです。

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2019年5月20日月曜日

第109回【紛争のルーツ――植民地主義①】

2014年度、柴田ゼミでは「植民地主義」をテーマとしました。

今更という感じもしなくはないのですが、世界の紛争の多くの淵源が今も植民地時代の様々な出来事に求められることから、紛争の現代的な表面だけでなく、歴史を遡る必要を常々痛感してきました。2014年度は、そうした問題意識から「紛争のルーツ――植民地主義」と題してゼミを行いました。以下、2014年度のご報告を致します。

ゼミ生には、以下のように、私の問題意識を伝えました。

世界では日々紛争が起きています。それが武器を用いた軍事的な紛争や戦争に発展することもありますが、現代では、国家間の戦争よりも国内の内戦の方が深刻な問題となっています。テロも同様に問題ですが、これも国家間の問題というよりは、ある意味、国内問題という感じもします。むしろ、「国家間」とか、「国内」という表現よりは、「国境を超えた問題」というのが一番正解に近いのかもしれません。

紛争が起きると、その原因について様々な解説がなされます。それらを見ていると、そもそもの紛争の原点が、過去を遡って、ヨーロッパ諸国の植民地主義にたどり着くことが珍しくありません。いかにも21世紀型の紛争のように見えて、実は、そのルーツは20世紀以前にあるという例がよくあるわけです。私たちは依然として20世紀よりも前の時代の延長線上に生きているのではないでしょうか。

私たちの生まれ生きる日本は、幸い、植民地にされる経験をしませんでした。アジア・アフリカ諸国で唯一植民地にならなかった国と言っていいと思います。ですから、「植民地となる」ということがどういうことであるのかということについて、幸いなことに、私たちは骨身に沁みては知らないことになります。

よく、ある国は昔どこそこの(ヨーロッパ諸国のどこか)植民地だった、というようなことを言います。たとえば、シンガポールは昔イギリスの植民地だったことは多くの人が知っています。しかし、それは本当でしょうか。もちろん、間違いではないのですが、話はそんなに単純でしょうか。実は、シンガポールはそもそもはオランダの植民地だったのです。そのオランダがナポレオン戦争で敗れて独立を失った時に、植民地の管理をイギリスに委ねたのです。独立を回復したら返還するという条件付きで。長い時間が掛りましたが、イギリスを始めとする諸国がナポレオンのフランスに勝利したのが1815年、その講和の条件を話し合ったのがウィーン会議でした。約束通りイギリスがオランダに植民地を返還したかと言えば、そうはいきません。イギリスの世界支配にとって重要と思われる場所は結局返還されずイギリスの植民地となったのでした。オランダはすでに落ち目だったのでこれを飲まざるを得ませんでした。だから、シンガポールが単純にイギリスの植民地だったと考えるのは、たぶん、間違っているのです。オランダ時代の影響も残っているに違いない、と考えなければならないと思います。

要するに、私たちは、植民地主義がヨーロッパ以外の地域にどのような影響を与え、今も与え続けているかについて無知なわけです。これで世界中で起きている紛争が真に理解できるわけがありません。まずは、ヨーロッパ諸国の植民地主義がいかなるもので、他の地域にいかなる影響を及ぼしたかについて勉強してみようと思います。

植民地主義の実態とその影響という、2014年度の柴田ゼミのプロジェクトは、どう考えても複雑で膨大になる可能性があります。それらをどう整理してゼミで勉強できるように加工するか(すなわち、どこを取りどこを捨てるか、つまり、いかに絞るか)が私の腕の見せ所となるのですが、もしかしたら、このプロジェクトは1年間のゼミとしては野心的過ぎるかもしれません。


ヨーロッパ以外の地域のすべてがヨーロッパ諸国の植民地になったわけですし(考えてみれば、これは凄い話です)、その歴史はコロンブスの時代にまで遡ります。これを勉強するのはなかなか大変なことです。時代を区切るか、地域を区切るか、様々な方法があると思います。2014年度のゼミの準備のために、私は、でっかい世界地図を買いました。これに這いつくばって色々の地域を見ながら、どうしようか考えようと思っています。

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