2015年1月30日金曜日

【第7回】「今」はどんな時代か?②

フランスでテロが起きたり、日本人がイスラム国で人質に取られ殺されたりということがあると、確かに、「今」はそういうことが起きる時代だと単純に考えたくなります。

しかし、「今」がどんな時代であるかを考えるということは、必ずしも今目の前で何が起きているかということからのみ考察をするということではありません。

まず第1に、思考の射程、つまり、時間の設定が問題になります。人類の歴史といったとてつもない長い時間を設定して考察をしたのが、アルビン・トフラーの『第3の波』です。
トフラーがこの本を出版したのは1980年。日本語に翻訳されたのが1982年のことでした。
私は最先端の技術にどちらかと言うと疎い方なのですが、1980年と言えば、私が大学に入学した年で、だからこそはっきりと覚えていますが、ソニーのウォークマンが発売されてまもなくで、まだCDは存在せず、ワープロ(PCではない)を使っている学生なども皆無だったと思います。当然のことですが、携帯電話も存在せず、インターネットもまだ一般に開放されてはいませんでした。こうした時期にこうした本を出したトフラーの先見の明は大したものだと思います。

トフラーの主張は以下のようなものです。
人類は現在に至るまでに2度大きな変化の波にさらされました。すなわち、第1の波は、狩猟採集生活を送っていた人類が、農業や畜産を覚え、農耕牧畜の定住生活をするようになった農業革命です。数千年前の物語です。農業革命は、千年単位のゆっくりとした変革であったのですが、この革命の前と後とでは、人類はまったく異なった生活のスタイルと思考の仕方を身に付けたと考えることができます。小規模単位の集団で移動をしながら生活する人間と、ある程度の規模を持つ集落で定住し、日常的に初期の分業をもする人間たちとでは、根本的にものの考え方や生活の仕方が異なっているということは理解することができます。この相違が程度の問題ではなく根本的だということが重要です。

こうした根本的と言える変化を再び人類にもたらしたのが第2の波、つまり、産業革命です。産業革命は16世紀頃のイギリスに端を発し、百年単位で世界に波及したわけですが、農業革命と同様に人間の生活と思考を一変させました。工場での大量生産や市場の形成は人間の働き方と、ひいては生活それ自体を根本的に変化させました。同時に、人間の価値観やものの考え方、権力の在り様はそれ以前とは似ても似つかないものに変容してしまいました。私たちは、この第2の波の末端に今いると考えられます。

しかし、トフラーによれば、現代に生きる私たちは第2の波の末端に存在するのみならず、第3の波の始まりの部分にも直面しているのです。第3の波とは、情報革命のことです。コンピュータやインターネット、携帯電話やスマートフォン、電子メールやネットショップ、こうしたものは単に生活を便利にしているのみならず、農業革命や産業革命の前と後の人間では生活や思考がまったく異なってしまったのと同様に、私たちの生活や思考や社会のあり方に根本的な変化を生み出すものであるはずなのです。しかも、農業革命が千年単位、産業革命が百年単位の変化であったのに対して、情報革命はスピードが格段に速く十年単位で私たちの、言わばすべてを変えてしまう可能性があるとトフラーは言います。

トフラーの言うことが正しいとすれば(どうも、正しそうに見えます)、私たちは、人類が経験する3度目の大変化の渦中にいるということになります。しかも、運が良ければ(あるいは、悪ければ)、人類史上初めて、その変化の始まりと結果を見る存在になることができるかもしれません。変化はそれほどに急激です。


人類の歴史というとてつもない射程で現在の私たちの直面する変化に気付かせてくれたのがトフラーの功績であると思います。変化の渦中にいると案外その変化に気が付かなかったりするものですが、現在の私たちはそうした存在であるのかもしれません。人間というのはだいたい自分が変化の中にあって、もう少しすると新しい時代が来ると考えたがるものなのですが、トフラーの議論はそうした人間の「癖」にもマッチしていて説得力を高めたように思います。トフラーの議論が正しいかどうかを判断することは私にはできませんが、こうした超長期の視点で「今」を考えることは非常に重要であると思います。

※このブログは毎月2回、15日・30日に更新されます。


2015年1月15日木曜日

【第6回】「今」はどんな時代か①

柴田ゼミでは、毎年異なったテーマを設定しますが(2014年度は「紛争のルーツ――植民地主義」でした)、国際政治を専門とするわけですから、戦争と平和の問題が常に根底に存在しています。それと同時に、私たちの生きている「今」がどんな時代なのかということに常に関心を持っています。

今がどんな時代なのかを言うことは簡単ではありません。
柴田ゼミでは毎年、その年のテーマに入る前に、今という時代がどんな時代なのかを考えるために、4冊の本を紹介して簡単な議論をします。今を歴史の中に位置づけるということになるわけですが、これは非常に難しいことです。どんな歴史的射程でものを考えるかによってその答えは相当に違ったものとなります。

私たちはどんな時代を生きているのでしょうか。

私がゼミ生に紹介する本は以下の4冊です。次回からこれらの本に書かれていることを通じて私たちの生きている「今」について少し考えてみたいと思います。


メアリー・カルドー『新戦争論』 (岩波書店)

※このブログは毎月2回、15日・30日に更新されます。