2020年3月30日月曜日

第130回【ロシアの生理③】

ゼミ生に対して、テーマの設定に加えて、「2つの仮説と2つの手法」と題してさらに講義をしました。「手法」は実にささやかなものですが、「仮説」はどちらかと言うと大胆な仮説で、これには批判があるかもしれません。ゼミ生からは特に批判は出ませんでしたが。以下に、その講義を再録致します。

2016年度は、ロシアを取り上げて、国際政治におけるロシアの存在の意味とロシアの行動の源泉を考えてみたいと思います。

現在、国際政治は明らかに流動的な状態です。四半世紀前に終焉を迎えた冷戦の時代は、今から振り返ると、国際政治ははるかに固定的で予見可能性が高かったと言えます。しかし、それは、冷戦時代がむしろ例外だったのであって、現在の流動的な国際政治の方がむしろ常態なのです。

流動性を増す国際社会において、諸国家をまず2つに分けることができます。すなわち、現状維持的な国家と現状変革的な国家です。現状維持的な国家の代表がアメリカを始めとする西側先進国です。こうした諸国は、現在の国際政治や経済のあり方に既得の利益を持っており、変化に対応しながらも、それらを失わないように行動をしています。

これに対して、現状変革的な諸国は、現在の国際政治や経済のあり方に大きな不満を持っており、それを大きく変革することに利益を感じています。当然ながら、彼らの言う変革が成就した暁には、現在既得利益を享受している現状維持的な諸国は、そうした変化から損失を被ることになります。

現状変革的な諸国の代表が、中国であると考えられます。中国の国際政治上の様々な動きは、中国に有利な、あるいは、現在の不利な状況から脱することのできる国際政治システムの構築を目指していると解釈できます。

国際政治上に作用と反作用があるとすれば、作用とは、現状変革的な諸国のシステムを変革しようとする動きであり、反作用とは、そうした作用を押し止めようとする現状維持緒国の動きということになります。こうした作用と反作用の押し合いへしあいの結果、国際政治は変化し続けるのです。

冷戦時代がなぜ固定的であったかといえば、東西陣営の親分であるアメリカとソ連のうち、アメリカが現状維持国として変化をどちらかというと嫌ったのは当然としても、現状変革的な(あるいは、革命的な)国家であるソ連が、単純に現状変革的であったのではなく、自陣営に向かっては徹底的に現状維持的であったことが最大の理由であると考えられます。ソ連は、自陣営の諸国(衛星国)に変化することをまったく許しませんでした。

作用と反作用の力関係が国際政治の行方を決定することになるわけですが、重要なことは、作用と反作用がある以上、国際政治は必ず変化し続けるということです。

現在、作用の力を発揮している諸国にはどのような国家があるでしょうか。まずは中国が上げられます。ロシア、イランが第2グループと位置づけられます。以下、北朝鮮、キューバといった小国やブラジルや南アフリカといった大国も作用の国と言えます。

これに加えて、国際社会の大多数の国家は、ある時は現状維持側(反作用)に付き、また、ある時は変革側(作用)に味方するというように、状況依存的に立場を変えていくと考えられます。作用側に付くか、反作用側に付くかの判断を決定付けるものが「国益」です

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2020年3月17日火曜日

第129回【ロシアの生理②】

年度初めにゼミ生にしたこの年度のテーマの設定についての話を続けます。

今年度(2016年度)は、1年という限界の中ですので、プーチン時代を対象として取り上げます。プーチンはエリツィンに引き立てられて登場したわけですが、エリツィンが傾けたロシアを、良くも悪くも引き締めて立て直しました。だから、プーチンの前のエリツィンの時代との比較が重要になるのですが、そこまで遡る時間はたぶんないと思います。また、エリツィンの前には、それをまったく意図していなかったのだとしても、冷戦を終わらせ、ソ連を分裂の方向に持っていったゴルバチョフがいます。彼こそ、冷戦の終焉の最大の功労者であると思いますが、もちろん、そこまで遡ることはできません。1年のゼミでは無理と思います。

ゴルバチョフが登場したのが1985年のことですが、スターリン以後の30年も勉強できたらどんなにいいかと思います。西側に一気に追いつくかと思われた時期もありましたが、そうはならずに停滞し、結局はゴルバチョフの改革に到達するわけですが、この時代もたぶん重要だと思います。

考えてみれば当たり前のことですが、1917年のロシア革命以後のソ連の歴史すべてが、今年度の勉強にとっては、実は、必要であるのです。レーニンを経てスターリンへ。その間、西側諸国の革命への干渉あり、ナチスのソ連侵略に始まる第2次大戦ありです。

現在のロシアは、たぶん、70年余りに渡る共産主義ソ連の濃厚な影響を受けているものと思います。今もまだ指導者のほとんどはそうした共産主義の文化の下で生きた人たちです。しかし、さらに遡って、帝政ロシア時代から引き継いだDNAが現在のロシアにないかと言えば、それは脈々と生き続けているのだと思います。それは、私たち人間のDNAに、生物の進化の刻印があるのと同じだと思います。そうした古い古い、思い出そうとしても思い出せない、自分個人の経験を超えた記憶・memoryが現在の私たちを拘束しているように、長い長いロシアの歴史が、今のロシアを拘束しているに違いないのです。それは何か、を私は知りたい。

2016年度は、プーチン時代のロシアの国際政治上での様々な動きを新聞などで追いかけながら、その背後にある、変わっても変わっても変わらないロシアの核に触れてみたいと考えています。

以前、アメリカと日本を論じて、どちらも病んでいるのだと言ったことがあります。たぶん、ロシアも病んでいることは間違いない。アメリカが脅迫神経症を、日本が自我の分裂症を患っていると診断したのですが、果たして、ロシアは。私なりの診断は、もちろん、ありますが、それは1年の勉強で大きく変化するかもしれませんし、変化しないかもしれない。1年後に報告をしますので、それまで楽しみに待っていて下さい。

それにしても、柴田ゼミの最後のテーマがロシアとは!

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2020年3月2日月曜日

第128回【ロシアの生理①】

2016年度は、22年間に渡って行ってきた学習院での授業の最後の年となりました。最後だからと言って何か特別なものを取り上げるのではなく、例年通り、私の興味関心からテーマを設定しました。

2016年度、柴田ゼミ最後のテーマは「ロシアの生理」でした。ゼミ生には、年度初めに、このテーマについて以下のような話をしました。

そもそも国家というものには、それぞれ性格があります。たとえば、ポーランドが蛮勇を奮う国だとすれば、チェコが臆病な国であるというように。こうした性格付けは必ずしも正しくはないわけですが、しかし、一面の真理を表してもいます。つまり、やはり、国家には一定の性格、あるいは、行動における傾向が存在しているのです。

人間の性格を形作っているのがmemoryであるとすれば、国家の性格を決めるものは歴史であると考えられます(このあたり、ぜひ『ウェストファリアは終わらない』をお読み下さい)。もちろん、もっと遡って、人間においてDNAを問題にすることも可能です。人間におけるDNAに当たるものは国家においては何でしょうか。国家においては、それでもやはり歴史こそがDNAに相当するものであるような気がします。国家にとって歴史はそれほどに重要なのです。

とはいえ、今年度は、ロシアの歴史を勉強するわけではありません。ロシアの表面に現れる行動からその内面を垣間見るのが今年の目標です。

国際政治にとって、ロシアは極めて重要な国家です。アメリカが最重要であることは間違いのないところですが、台頭著しい中国に劣らず、国際政治に多大の影響を与え続けているのがロシアです。

言うまでもなく、ロシアは旧ソ連であり、冷戦時代の東側陣営の雄でした。東側諸国を完全に制圧し、共産主義のイデオロギーを掲げ、それを世界中に広めることを使命としていました。冷戦終焉と同時にソ連は十数カ国に分裂し、ソ連の内政・外交を継承したのがロシアです。人口は半分になり、国土も小さくなりました。多民族国家だったソ連は、分裂して相当にスケールダウンしましたが、それでもなおロシアは多民族国家です。

腐っても鯛、と言いますが、ロシアこそまさにそれ、今でも冷戦時代と同様に国際政治で重要な位置を占めています。もちろん、パワーという観点から見れば、ロシアは衰えました。しかし、自国が他とは異なる大国であると信じる大国意識を持ち続けている点で、明らかにロシアは今も昔と同様に大国であり、大国として国際社会で行動をし続けています。
ひとつひとつに触れることはしませんが(それをやるのが今年のテーマです)、ロシアは現在も国際政治上で多様な行動をしていますが、その背景の一番奥底に潜んでいるのは、いったい何でしょうか。それに触れるのが今年の目標になります。

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