2020年4月30日木曜日

第132回【ロシアの生理⑤】

今回からゼミ生たちの論文をご紹介していこうと思います。例によってゼミ生たちは様々な主題を取り上げ、2016年度のテーマである、国際社会におけるロシアの行動の源泉には何があるのかを考察してくれました。

エネルギーアナリストである岩瀬昇氏は「ロシアは我々とは別のルールに則ってゲームをしている」とし、さらに「ではロシアが依って立っているのはどんなルールなのか、それが依然として漠としている」としていますが、ロシアを真に理解することは容易なことではありません。しかし、国際社会の未来を考察し、そこに平和を築き上げようと思えば、ロシアを理解することは必須のことのように思えます。

2000年の選挙で大統領に就任し、それ以来一貫してロシアの先頭に立ち続けているプーチン。そのプーチンをテーマに取り上げたゼミ生が複数いました。

ひとりのゼミ生はプーチンのエネルギー政策をテーマとしました。そもそもプーチンの学位論文のテーマが「資源論」と言ってもよいもので、この論文における政策論に基づいてその後のプーチンの政策は形成されたかのように見えます。それが発展して、旧ソ連諸国の経済再統合と言ってもよいようなユーラシアユニオンという構想につながっていきます。これらのすべてを通じて、ゼミ生は、ロシアの大国主義的言動と周辺諸国への積極的な干渉の姿勢を指摘します。こうしたロシアとプーチンの行動の背後には「臆病」があるのではないかとゼミ生は観察しています。自分を大きく見せることで周りから干渉されることを出来る限り避けたいとする自衛意識です。その背後には長いロシアの歴史が間違いなく関係しているはずです。

もう一人のゼミ生は、プーチンその人の生い立ちに着目しました。現在では、以前ほどの支持率を上げることができなくなっているとは言いながら、プーチンは高い支持を国民から受けているように見えます。プーチンのような一種独裁的な強権をロシア人が好むという指摘をする人もいます。ゼミ生もこうしたロシア人気質から、そもそも「皇帝待望論」があって、プーチンがそれにぴったりとはまっているのではないかという指摘をしています。「プーチンという人物そのものがロシアを擬人化した存在なのだ」というのがゼミ生の結論ですが、なるほどと思わされるものがあります。

別のゼミ生は、プーチンが首相を務め、プーチンが当選する最初の大統領選挙の直前に起きたリャザン事件を取り上げました。プーチンはこの事件をきっかけに、首相、大統領代行、そして大統領として第2次チェチェン紛争を戦うこととなりました。むしろ、この戦いを容赦なく徹底的に戦ったために国民の間で急速に支持率が上がり、圧倒的な国民の支持を受ける大統領になったのだと言えるくらいです。

リャザン事件は、1999922日にモスクワから200キロほど離れた地方都市のリャザンで起きたテロ未遂事件です。この翌日23日からロシアのチェチェンに対する空爆が開始されます。リャザン事件は今も未解決の不思議な事件です。テロによる爆破は地元警察によって防がれたのですが、その後、旧KGBであるFSBがこれは訓練であったという声明を出すなど今も謎に包まれています。

このリャザン事件の半月前ほどからモスクワなどで爆破テロが5件起き、約300人が死亡しており、その犯人はチェチェンの反政府勢力であるとされていました。このリャザン事件もそうした方向から捜査がされるはずでしたが、FSBの声明により多くのことがうやむやになりました。そもそも、これら一連のテロはロシア側の、チェチェンに対する怒りを掻き立てるための工作だったのではないかという疑いがあります。

この事件の背景を取材していたジャーナリストであるアンナ・ポリトコフスカヤは自宅アパートで暗殺されましたし、イギリスに亡命し、後にリャザン事件について、チェチェンに介入するための自作自演の事件であったという指摘をした元KGB職員アレクサンドル・リトヴィネンコも毒物によって暗殺されました。

チェチェン反政府軍への断固たる弾圧はプーチンの人気を不動のものとしましたが、その背景にはうかがい知れない闇が存在して可能性があります。ゼミ生が指摘するのは、ロシアの指導者の強烈な権力への執着とそのためには手段を択ばないニヒルさです。こうしたことが他の様々な分野に波及しているのではないかというのですが確かにそうかも知れません。

※このブログは毎月15日、30日に更新されます。



2020年4月15日水曜日

第131回【ロシアの生理④】

2016年度は、現状変革国の代表のひとつ、ロシアを対象としますが、その理由は、冷戦時代の現状変革国の親分であるソ連の中核をなしていたロシアが、現在、何を考え何をするかは依然として重要であると考えられるからです。ロシアは、明らかに、自分たちは他の諸国とは違うと考えているように見えます。つまり、強烈な大国意識が今も健在です。ロシアが目指す国際社会とはどういう姿でしょうか。そして、その源泉には何が存在しているのでしょうか。たぶん、それは、帝政ロシア、ソ連、そして、今のロシアにおいても変わらない何かなのではないでしょうか。そして、ロシアに言えることは、他の多くの諸国にもまた言えることと考えられます。同じやり方で、イランやトルコやインドネシアの奥底にあるものにも触れることができるのではないでしょうか。

2016年度は、ロシアを取り上げますが、以下、私は「2つの仮説」を採用します。それについて説明をします。

1 
ひとつの国家は、あたかもそれが一人の人間であるかのように考え行動すると仮定します。それ故、ロシアの記憶(歴史)がロシアを形作っていますし、現在の思考と行動に大きな影響を及ぼしています。アメリカや日本がそうであるように、ロシアも過去の記憶が現在のロシアを形作っていますし、国際社会との関係に大きな影響を及ぼしています。一人の人間に精神分析をするように、同じ手法で国家についても精神分析的な解釈が適用できるはずです。

2 
人も国家も、内面の拘束から逃れることはできず、外に現れる行動から遡って必ず内面に到達することが可能です。それ故、実は、心の中で何を考えているかを実際に聞きださなくても、分厚く行動を観察すれば、その人や国家の内面を伺うことが可能となります。

今年のゼミの到達点は、多様なロシアの国際社会での行動の源泉に何があるかということを知ることです。それに到達するために、プーチン時代のロシアの国際社会での行動を「虫の目」で眺めることにします。それらを繋ぎ合わせて解釈を加えることで、最初の一滴(ひとしずく)に到達したいというのが今年度の野心です。

以下、どのように「虫の目」を持つかの方法を述べます。

1 
新聞の縮刷版で、ロシアに関する記事を徹底的にフォローします。プーチンの登場からスタートします。たとえば、2000年の12ヶ月を12人で1ヶ月ずつ分担し、ゼミで報告します。新聞は『読売』を使用します。理由は出版数が1番だからです。他意はありません。

2 
新聞で「事実」に近いものをフォローするのと同時に、ロシアを専門とする研究者がロシアの行動をどのように解釈しているかを知る必要があります。月間の総合雑誌で取り上げられたロシアに関する言説をフォローし、ロシアの行動の理解に利用します。総合雑誌には、以下のようなものがあります。世界、中央公論、文芸春秋、VOICEThis is 読売、諸君、論座、WILL、正論。新聞の12ヶ月を担当する12人以外の人は、これら総合雑誌をサーベイして報告します。

繰り返し論じている通り、2016年度は、ロシアの対外行動を観察し、それに対する言説を参照することで、ロシアの行動の源泉に迫るのが目標です。
それに伴って、国際社会の変化や変化の見通しなどにも気付かされるかもしれません。しかし、そうしたことは、あくまでも副産物に過ぎません。

※このブログは毎月15日、30日に更新されます。