2017年9月15日金曜日

第70回【彼らはなぜ核兵器を持つか⑩】

核兵器を世界で最初に手にした国は、言わずと知れたアメリカです。アメリカが核兵器を持とうとした動機はそれほど複雑ではありません。ナチス・ドイツよりも早く核兵器を開発し、ドイツのそれを阻止することが目標でした。マンハッタン計画による核の開発の進捗状況とドイツの降伏と対日戦の様相、さらに戦後のソ連との関係の見通し、そうした多様な状況が広島と長崎への原爆の投下へと繋がっていきました。
アメリカの核兵器保有の理由をテーマとした学生は一人だけでしたが、彼は、核兵器の獲得の理由ではなく、保有の理由に焦点を絞りました。もちろん、アメリカが核兵器を保有する理由は極めて多様です。このゼミ生が焦点を当てたのは、その経済的な理由です。

どのような兵器でも同じですが、兵器とは、軍事的な意味を超えて、社会的な存在となる場合があります。核兵器は、単に兵器というよりは、大規模な社会的システムなのです。核兵器とその運搬手段の開発には大規模な研究施設とスタッフと予算が必要になります。いったん導入すると、それを維持しグレードアップし続けなければならないことは民需の財と同様です。核兵器は、核兵器自体の開発・製造、運搬手段の開発・製造を含めて考えると、それ自体で巨大な裾野を持つ一個の産業なのです。

核兵器に限ってそれを言うわけではありませんが、一般にこれを軍産複合体と言います。これがいったん経済社会の中に出来上がってしまうと、これを排除することは大変に難しくなります。ゼミ生の指摘は、アメリカにおいてはすでに、核兵器を取り巻く産業がすでに抜き難くアメリカ経済にビルト・インされてしまっていて、これを取り除くことは不可能となっているというもので、それ故、アメリカは今や核兵器を保有し続けているのだ、というものでした。

兵器産業には、確かに、こういう側面があります。そして、それが甚だしい場合には、危機に見合った兵器が調達されるのではなく、兵器を供給する企業やそれと結びついた政治家が、場合によっては、火のないところに煙を立ててでも、兵器の必要を叫ぶということが起きます。尻尾が犬を振り回す典型です。アイゼンハワー大統領が退任演説で、軍産複合体による危険を指摘してからまもなく60年になろうとしていますが、この警告は今でも有効です。

核兵器と言えば、まずはアメリカとロシアなわけですが、ロシアを取り上げたゼミ生もひとりでした。

今はなきソ連を継承したのがロシアですが、核兵器はソ連崩壊当初、ロシアとウクライナに分散していました。数年の国際交渉の後に、ウクライナは核兵器のすべてを廃棄することとしました。ウクライナから核兵器が流出するなどの心配がされていたのです。核兵器を廃棄するかわりに、アメリカ・イギリス・ロシアが、ウクライナ国土の保全を保障することを約束しました。この約束をブダペスト覚書と言います。現在のロシアによるウクライナ侵略は、この時の約束を破るものであることは明らかです。

ロシアをテーマとしたゼミ生は、経済力、核兵器を除いた軍事力、特に、その質を取り上げて、ロシアには現在、大国と呼ぶに相応しい経済力・軍事力はないと結論しています。要するに、今では核兵器を除けば恐れるに足りない存在となってしまっているというのです。確かに、経済力においては、GDPで言えば、フランスの半分、インド、ブラジルより下で、韓国よりも少し上という程度です。ひとり当たりのGDPを見ると、ハンガリーよりも下で、アルゼンチンやパナマとほぼ同じ、日本の3分の1です。


それでも、ロシアは、ロシアの自己認識としても、また、私たち日本人のような他者の認識からしても、大国であるように見えます。このゼミ生は、ロシアが核兵器を保有し続けるのは、核兵器が偽大国を支える最後のツールだからだと結論づけました。ロシアにとっては、なかなか厳しい評価です。

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