2016年4月2日土曜日

【第35回】難民は夢を見るか⑤

学生のテーマは様々でしたが、この年度のタイトル「難民は夢を見るか」の「夢」について正面から取り組んだゼミ生はほとんどいませんでした。難民の現状やその背景についてはリサーチが可能ですが、「夢」を語るためには想像力が必要で、そして、そうしたことは論文には馴染まないものだったからかもしれません。

「ボスニア難民」を取り上げた4年生の女子が、難民の夢とは、すなわち、「帰還」であるとの答えを提出してきたのが例外だったと思います。

ボスニア難民は、ユーゴスラビアの解体に伴う紛争のひとつから発生した難民たちでしたが、とりわけ、ヨーロッパ人たちはこれに大きなショックを受けました。難民と言えば、アジアやアラブやアフリカの問題で、まさか自分たちと同じ風体をしたヨーロッパの人間が難民となって彷徨うなどと想像したことがなかったからです。

それ故、ヨーロッパはこの問題に真剣に取り組みました。国連の承認しない爆撃を行ったりもしましたし、他の難民に対する以上に難民の受け入れも行いました。そして、もっとも積極的に取り組んだのが、難民の帰還と帰還後の民族の和解に対する援助だったのです。

ウェストファリアは終わらない』の第1章でも指摘しましたが、現代の国際社会の最大の特色は、70億人の人間のひとりひとりに国籍があり、そのひとりひとりが国籍を持つ国家の保護を受けることになっているということです。これは、私たちが生きる世界の最重要の事実です。

難民とは、しかし、国家の保護を受けることが出来ずに、国際機関や本来は保護を提供する義務のない他国から保護を受ける存在なのです。国内避難民は、難民以上に悲惨であるとは何度か言いましたが、それは、彼らを保護する主体がどこにも存在しないからです。

児童相談所が虐待されている可能性のあるこどもを助けるためにとはいえ、むやみに家庭に踏み込めないのと同様に、他の国家は、そこに存在する避難民を助けるためにだとしても、国境を越えて別の国家に踏み込んではいかれないのです。内政不干渉の原則は、有名無実のように見える場合もありますが、案外大きな壁であるのです。

難民問題の根本的な解決とは、それ故、大本の国家を立て直し、国民をきちんと保護できる政府を樹立させ、そして、国境を越えて他国に避難したその国の国民、すなわち、難民を生まれ故郷に帰すことであるということが言えます。つまり、難民の夢とは「帰還」なのです。

ゼミに入ってきた時に、「難民の夢とは何か」という質問に、今日の食料と水、とか、とりあえずの安全、とか、住む家、と答えていたゼミ生たちが、様々な難民の苦難とその歴史を学ぶことで、難民たちも実際には意識していないかもしれない「帰還」という、難民の心の奥底に共通して存在するはずの夢に辿り着いたわけです。

次回から、私が学生たちに話した、このテーマについての総括の講義を再録致します。

※このブログは毎月15日、30日に更新されます。





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